東京高等裁判所 平成9年(行ケ)197号 判決 1999年6月15日
北海道札幌市白石区中央2条7丁目1番1号
原告
ドリゾール工業株式会社
代表者代表取締役
桑澤嘉英
福島県双葉郡浪江町大字北幾世橋字北原16番地
原告
日化ボード株式会社
代表者代表取締役
朝田英一
千葉県八千代市大和田新田1149番地7
原告
興亜不燃板工業株式会社
代表者代表取締役
三枝輝壹郎
広島県福山市松永町255番地
原告
山陽ボード株式会社
代表者代表取締役
渡邊了
熊本県芦北郡芦北町大字花岡1665番地
原告
三丸産業株式会社
代表者代表取締役
水本和孝
原告ら訴訟代理人弁護士
木下洋平
長野県下伊那郡松川町上片桐3646番地2
被告
竹村工業株式会社
代表者代表取締役
竹村弘實
訴訟代理人弁護士
長谷川洋二
補佐人弁理士
平井保
主文
特許庁が平成7年審判第703号事件について平成9年6月27日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第1 請求
主文と同旨の判決
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
被告は、名称を「高圧木毛セメント板及びその製造方法」とする特許第1803139号発明(昭和63年7月15日出願、平成5年11月26日設定登録。以下「本件特許」といい、その発明を「本件特許発明」という。)の特許権者である。
原告らは、平成6年12月29日、本件特許を無効とすることについて審判を請求をした。なお、被告は、平成8年10月28日付け訂正請求書により、本件特許の明細書の訂正請求をした。
特許庁は、原告らの請求を平成7年審判第703号事件として審理した結果、平成9年6月27日、「訂正を認める。本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年7月9日原告らに送達された。
2 本件特許発明の要旨
(1) 本件特許の請求項1に係る発明の要旨
セメントの溶剤を外周面に付着せしめた、巾3.5mm~5mm、厚さ0.3mm~0.5mmの不定形な帯状木片を用いて加圧成型し、硬化乾燥して木毛セメント板を形成するにあたり、該木毛セメント板の嵩比重を1.0~1.2に設定したことを特徴とする高圧木毛セメント板。
(2) 本件特許の請求項2に係る発明の要旨
巾3.5mm~5mm、厚さ0.3mm~0.5mmの不定形な帯状木片とセメントミルクとを混合し、これを型詰めし、厚さの方向に圧力を均一に加え、所定の厚さに圧縮した後、これを養生し、嵩比重を1.0~1.2にしたことを特徴とする高圧木毛セメント板の製造方法。
3 審決の理由
審決の理由は、別紙審決書の理由写し(以下「審決書」という。)に記載のとおりであって、審決は、被告の訂正請求を認めた後、原告ら主張の無効理由である<1>特許法(平成2年法律第30号による改正前のもの。以下同じ。)36条4項1号又は2号違反(請求項1に係る発明に対して)、<2>特許法29条1項柱書の要件違反(請求項1に係る発明に対して)、<3>特許法29条1項2号該当(請求項1に係る発明に対して)、<4>特許法36条3項違反、及び<5>特許法29条2項違反はいずれも理由がないと判断した。
第3 審決の取消事由
1 審決の認否
(1) 審決の理由Ⅰ(手続の経緯、訂正の請求について、本件特許発明の要旨。審決書2頁3行ないし5頁18行)は認める。
(2) 同Ⅱ(当事者の主張等。審決書5頁20行ないし14頁1行)は認める。
(3) 同Ⅲ(甲各号証の記載事項。審決書14頁3行ないし22頁10行)は認める。
(4) 同Ⅳ(当審(審決)の判断)のうち、無効理由1(特許法36条4項1号又は2号違反(請求項1に係る発明に対して))、無効理由2(特許法29条1項柱書違反(請求項1に係る発明に対して))、無効理由3(特許法29条1項2号該当(請求項1に係る発明に対して))、及び無効理由4(特許法36条3項違反)についての判断(審決書22頁12行ないし27頁18行)は認める。
(5)<1> 無効理由5(特許法29条2項違反)についての判断のうち、前提部分(審決書28頁1行ないし29頁6行)は認める。
<2> 引用例(本訴甲第4号証。審決時甲第12号証。以下、本訴における書証番号で表示する。)の記載内容のまとめ(審決書29頁8行ないし17行)は認める。
<3> 本件特許の請求項1に係る発明についての判断
(a) 引用例との対比(審決書29頁19行ないし31頁2行)は認める。
(b) 引用例(甲第4号証)との相違点についての判断(審決書31頁3行ないし34頁18行)のうち、31頁末行ないし32頁7行及び34頁9行「それらのものが」から18行までは争い、その余は認める。甲第6号証(審決時甲第16号証)及び甲第7号証(審決時甲第17号証)についての判断(審決書35頁7行ないし16行)は認める。
(c) 甲第8号証(審決時甲第18号証)についての判断(審決書35頁17行ないし38頁7行)のうち、甲第8号証(審決時甲第18号証)には、「セメントと木毛調合比が55:45程度のものが有効である旨の記載はあるものの、本件特許発明の構成の「嵩比重を1.0~1.2に設定した」ものが、強度と断熱性の双方の性質を兼ね備えるものであることを何ら示唆するものではなく、そうすると、甲第8号証(審決時甲第18号証)にたまたま嵩比重1.0~1.2の範囲内に入る試作硬質木毛セメント板(素板)についての記載があったとしても、甲第4号証(審決時甲第12号証)に記載の発明に適用させようとする動機付けは全く見当たらない」こと(審決書37頁17行ないし38頁7行)は争い、その余は認める。
(d) 甲第9号証(審決時甲第19号証)についての判断(審決書38頁8行ないし40頁2行)のうち、甲第9号証の記載内容のまとめ(審決書38頁8行ないし19行、及び39頁2行ないし8行)は認め、その余は争う。請求人(原告)の主張に対する判断(審決書40頁3行ないし41頁7行)のうち、請求人の主張内容(審決書40頁3行ないし20行)は認め、その余は争う。
(e) 効果の認定(審決書41頁8行ないし13行)は認める。
(f) まとめ(審決書41頁14行ないし17行)は争う。
(g) 他の甲各号証についての判断(審決書41頁18行ないし42頁2行)は争う。
<4> 本件特許の請求項2に係る発明についての判断
(a) 引用例(甲第4号証)との対比(審決書42頁4行ないし16行)は認める。
(b) 引用例との相違点についての判断(審決書42頁17行ないし43頁6行)は争う。
(c) 効果の認定(審決書43頁7行ないし13行)は認める。
(d) まとめ(審決書43頁14行ないし17行)は争う。
(e) 他の甲各号証についての判断(審決書43頁18行ないし44頁1行)は争う。
<5> 特許法29条2項違反についてのまとめ(審決書44頁2行ないし5行)は争う。
(6) 同Ⅴ(まとめ。審決書44頁7行ないし9行)は争う。
2 取消事由
審決は、構成の容易性についての判断を誤り(取消事由1)、かつ、効果についての判断を誤った結果(取消事由2)、進歩性の判断を誤ったものであるから、違法なものとして取り消されるべきである。
(1) 取消事由1(構成の容易性についての判断の誤り)
審決は、本件特許の請求項1に係る発明につき、甲第8号証又は甲第9号証に記載された発明を引用例(甲第4号証)に記載された発明に適用させようとする動機づけがない(審決書38頁3行ないし7行、39頁19行ないし40頁1行、41頁5行ないし7行)、他の甲各号証の内容を検討しても、それらに基づいて当業者が容易に発明し得たものとすることもできない(審決書41頁18行ないし42頁2行)旨判断し、本件特許の請求項2に係る発明についても同様の判断をするが(審決書43頁14行ないし44頁1行)、誤りである。
<1> 曲げ強さについて
(a) 甲第3号証(北海道立林産試験場「林産試験場研究報告」65号 昭和51年6月。審決時甲第6号証)は、「木質セメントボード」について、ボードの材質に関する各種の試験・研究の結果を明らかにしたものであるが、第1-8図(93頁)の実験結果によれば、ボードの曲げ強さは、嵩比重とともにほぼ直線的に増加することが分かる。この点は、引用例(甲第4号証―栗山寛著「増補建築用セメントコンクリート製品」)の図5.27(142頁)及び甲第9号証(日本建築学会研究報告14号 昭和26年11月)の4.1図(32頁)からも分かる。
(b) そして、甲第3号証にいう「木質セメントボード」は、本件特許発明の木毛セメント板と技術分野が関連している。
<2> 断熱性について
(a) 断熱性と逆比例の関係にある「熱伝導率」と「嵩比重」との関係は、引用例(甲第4号証)の図5.20(138頁)に示されている。これによれば、「熱伝導率」は嵩比重とともに増大するが、嵩比重が1に近付くに従って横ばいになる傾向にあることが分かる。
(b) 被告は、乙第7号証に基づき、嵩比重1.0ないし1.2の間で熱伝導率の上昇率が横ばいになることは予想できることではない旨主張するが、この横ばい現象は、上記引用例の図5.20から予測されることにすぎない。
<3> 釘打ち可能性について
(a) 本件特許発明で問題としている「釘打ち可能性」とは、本件明細書(甲第2号証)に「さらに硬質木毛セメント板は割れ易いので、施工の際釘打ちができない」(2欄22行ないし3欄1行)と記載されているとおり、「割れないで釘が打てること」を意味する。
被告は、「保釘力」をもって「釘打ち可能性」であると主張するが、この主張は、本件明細書の記載に反するものである。
(b) 仮に、「釘打ち可能性」は「保釘力」を意味するとしても、コンクリートに普通の釘を打ち込むことはできないが、木材には普通の釘を打ち込むことができ、かつ、保釘力があることは周知のことである。したがって、セメントと木質材料の複合材である木毛セメント板の保釘力を高めるためには、木質材料を増やす方がよいことは自明であり、木毛セメント板のセメント木質との配合比が一定であれば、その組織が密に詰まっているほど保釘力が高まることは自明のことにすぎない。
(2) 取消事由2(効果の点についての判断の誤り)
本件特許発明の奏する断熱性能がよく、強度があり、さらに、施工時の釘打ちができる高圧木毛セメント板が提供できるとの審決認定の効果(審決書41頁8行ないし13行、43頁7行ないし13行)は、甲各号証を組み合わせたものから予想される範囲内のものにすぎない。
<1> 「木毛セメント板」の材質を決定する因子は、第1に「構成原料の性状およびその混合割合」(甲第3号証88頁下から5行)であり、第2に嵩比重である(同下から3行)。構成原料の性状及びその混合割合を全く問題とすることなく、嵩比重のみを問題とした本件特許発明によって、曲げ強度、断熱性、釘打ち可能性のすべての面において格別に優れた木毛セメント板ができるはずがない。
<2> しかも、本件特許発明が嵩比重1.0ないし1.2の間においてその他の範囲とは異なる臨界的効果を奏することは、以下に検討するように、何ら立証されていない。
(a) 曲げ強さ
嵩比重と曲げ強さの関係を示す乙第4号証は、被告主張の顕著な効果を示すものではない。
すなわち、工業製品の品質に関するデータを他のデータと比較して優劣を論じる場合、それらのデータは同じ条件の下で行われた試験によって得られたものでなければならない。また、JISで規定される工業製品の規格は最低の安全値を定めたものであるから、各企業によって製造・販売される製品はその数値を大幅に上回っているのが通常である。さらに、工業材料については、絶えず品質向上の努力が払われているから、本件特許発明の出願当時と現在とでは、木毛セメント板の材料についても、著しい品質の違いがあって当然である。
したがって、乙第4号証においても、JIS規格から取られた数値と本件特許発明の数値とは、試験の条件が全く異なるはずであり、これらをそのまま比較することには意味がない。
(b) 断熱性
嵩比重と熱伝導率の関係を示す乙第6号証も、上記(a)と同様の問題があり、被告主張の顕著な効果を示すものではない。
(c) 釘打ち可能性
保釘力に関する乙第8号証は、嵩比重が1.0に近付くにつれて一旦鈍化した保釘力の増加傾向が、嵩比重1.0ないし1.2の間で再び直線的増加に転じるというものであるが、自然法則に照らすと、このような現象が起こるとは到底考えられない(原告興亜不燃板工業株式会社が行った実験結果報告書(甲第10号証)は、保釘力は嵩比重とともにほぼ直線的に増加するという結果を示している。)。乙第8号証では、嵩比重1.0ないし1.2の間で顕著な効果があるかのように印象付けるため、意図的にデータが操作されたものと思われる。
第4 審決の取消事由に対する認否及び反論
1 認否
審決の認定、判断は、甲第9号証の信憑性等を除き、正当であって、その結論には誤りはない。
2 反論
(1) 取消事由1(構成の容易性についての判断の誤り)について
<1> 曲げ強さ
(a) 甲第3号証で使用された木質小片は、パールマン小片又は鋸屑であるが、パールマン小片の巾の平均値は、すべて本件特許発明の木毛の巾3.5mmないし5mmより狭いものであり、厚さの平均値は0.9mmであり、本件特許発明の帯状木片の厚さ0.3mmないし0.5mmより厚いものである。
しかも、甲第3号証では、鋸屑も使用している。
したがって、甲第3号証に記載されている木質小片と本件特許発明の帯状小片とは、全く異なるものである。
(b) 原告らは、甲第3号証にいう「木質セメントボード」は本件特許発明の木毛セメント板と技術分野が関連している旨主張するが、「木質セメントボード」自体が甲第3号証の研究のためにパールマン小片、鋸屑等を用いて製造された特殊な材料であるから、原告らの上記主張は理由がない。
(c) 引用例(甲第4号証)は、「昭和36年に建設省建築研究所で行なわれた加熱試験の結果を示すもので」(137頁4行、5行)あり、試験の試料の中に嵩比重1.0を越えるものがあったことを示すにすぎない。また、その木毛の巾や厚さの記載もない。
また、嵩比重に対してばらばらに曲げ強さの試験結果がプロットされている引用例(甲第4号証)の図5.27から、曲げ強度が嵩比重とともにほぼ直線的に増加するとは到底認められない。
<2> 断熱性
熱抵抗は、熱伝導率に逆比例するところ、木毛セメント板の嵩比重を大きくすることにより、セメント板内に含まれる空気を排除すると、熱抵抗が小さくなり、断熱性能が悪くなるものである。
<3> 釘打ち可能性
釘打ちができるとは、木毛セメント板に釘が突き刺さることだけを意味するものではなく、木毛セメント板に突き刺さった釘が簡単には抜けないこと、換言すれば、所望の保釘力があること、木毛セメント板が割れる等の損傷を伴わないこと、及び金槌により木毛セメント板に釘を打つことができること等を意味するものである。
(2) 取消事由2(効果の点についての判断の誤り)について
<1> 曲げ強さ
乙第3号証(JIS A5404(1961年))7頁図1に示されている曲げ強さの曲線は、嵩比重が0.85までしか描かれていないが、曲げ強さの曲線を延長して嵩比重が1.0の場合の曲げ強さを求めると、約50kg/cm2となる(乙第4号証)。
これに対し、本件特許の試験に使用した高圧木毛セメント板の曲げ強さは、厚さ15mmの場合、80.8kgf/cm2である(甲第2号証2頁曲げ試験結果の表)。
このように、本件特許の実施品の曲げ強さは、予想される曲げ強さ50kgf/cm2より30kgf/cm2も大きく、従来の予想を大きく越えるものである。
<2> 断熱性
(a) 乙第5号証(全国木毛セメント板工業組合編「木毛セメント板ガイドブック」)の10頁には、東京大学生産技術研究所の試験結果として、嵩比重と熱伝導率の表が示されているが、この表を図化して求められた線を延長して嵩比重を1.0の場合の熱伝導率を求めると、約0.33kcal/m2.h.℃となる(乙第6号証)。
これに対し、本件特許の試験に使用した高圧木毛セメント板の熱伝導率は、0.105kcal/m2.h.℃である(甲第2号証2頁断熱性能の表)。
この数値は、上記乙第5号証10頁の表から予想される熱伝導率の数値を大きく越えるものである。
(b) また、本件特許の試験に使用した高圧木毛セメント板(厚さ15mmの場合)は、嵩比重を1.0ないし1.2と大きくしても、熱抵抗が0.143kcal/m2.h.℃であり(甲第2号証2頁断熱性能の表)、JISに規定されている硬質木片セメント板(厚さ15mm)の熱抵抗0.07kcal/m2.h.℃(乙第14号証3頁表4)と比べても大きい。
(c) さらに、被告が行った嵩比重と熱伝導率との関係に関する試験結果(乙第7号証)によれば、木毛セメント板の嵩比重が0.5ないし1.0の間においては、嵩比重0.1当たりの熱伝導率の上昇率は0.0077であるが、木毛セメント板の嵩比重が1.0ないし1.2の間においては、嵩比重0.1当たりの熱伝導率の上昇率は0.0013であり、0.5ないし1.0の区間の上昇率の約6分の1である。
(d) このように、嵩比重が1.0ないし1.2の場合は、従来の予想に反して、熱伝導率はほぼ横ばいとなったものである。
(e) 原告らは、引用例(甲第4号証)の図5.20に基づき、熱伝導率が嵩比重が1に近付くに従って横ばいになる傾向にあることが分かる旨主張する。しかしながら、本件特許発明で使用されている木毛は太木毛に属するところ、同図5.20の太木毛は横ばいになる傾向を示していない。
しかも、同図5.20からある程度の横ばい傾向をうかがうことができるとしても、予想される熱伝導率はせいぜい0.33kcal/m2.h.℃であり、本件特許発明の奏する0.105kcal/m2.h.℃が顕著なものであることに変わりはない。
<3> 釘打ち可能性
(a) 屋根の下地や壁材等として使用される12mm厚のベニア板に打たれた釘の引き抜き荷重の平均値は46.9kgfである(乙第9号証)。
12mm厚のベニア板の代用品としては、25mm厚の高圧木毛セメント板が使用されるが、本件特許発明の要件を満たす25mm厚の高圧木毛セメント板に打たれた釘の引き抜き荷重は43.1kgf(嵩比重が1.0の場合)であり(乙第8号証)、上記のベニア板とほぼ同等の引き抜き荷重を有している。
このように嵩比重を1.0ないし1.2とすることによって、従来ベニア板の代用品として使用できなかった分野にまで、木毛セメント板の使用分野を広げることができたものである。
(b) さらに、被告は、嵩比重を0.5から1.2の間で種々変えて製造された木毛セメント板に打ち込まれた釘の引き抜きに要する力(kgf)を保釘力として調べた。その試験結果(乙第8号証)によれば、嵩比重が0.50ないし0.95の間における保釘力の上昇率は嵩比重が0.05当たり3.1kgfであるが、嵩比重が1.0ないし1.2の間における保釘力の上昇率は、嵩比重0.05当たり7.4kgfである。
このように、嵩比重が1.0ないし1.2の間における保釘力の上昇率が嵩比重が0.50ないし0.95の間におけるそれの約2.4倍であることは、従来の予想を越えるものである。
理由
1 争点
審決の判断のうち、訂正の請求についての判断(審決書2頁10行ないし4頁末行)、無効理由1(特許法36条4項1号又は2号違反(請求項1に係る発明に対して))、無効理由2(特許法29条1項柱書違反(請求項1に係る発明に対して))、無効理由3(特許法29条1項2号該当(請求項1に係る発明に対して))、及び無効理由4(特許法36条3項違反)についての判断(審決書22頁12行ないし27頁18行)は、当事者間に争いがない。
そうすると、無効理由5(特許法29条2項違反)についての審決の判断の当否が本件における争点となる。
2 取消事由1(構成の容易性についての判断)について
(1) 一致点、相違点の認定
審決の理由Ⅲ(甲各号証の記載事項。審決書14頁3行ないし22頁10行。なお、甲第4号証の記載事項は15頁1行ないし17頁15行。)は当事者間に争いがない。
そして、引用例(甲第4号証)の記載内容のまとめ(審決書29頁8行ないし17行)、本件特許の請求項1に係る発明についての判断のうち、引用例との対比(審決書29頁20行ないし31頁2行)、及び本件特許の請求項2に係る発明についての判断のうち、引用例との対比(審決書42頁4行ないし16行)は、当事者間に争いがない。
(2) 相違点(本件特許発明が「木毛セメント板の嵩比重を1.0~1.2に設定した」点)についての判断
<1> 本件特許発明の技術思想の認定(審決書31頁3行ないし19行)は、当事者間に争いがない。
<2> 曲げ強さについて
(a) 甲第3号証
ⅰ 甲第3号証によれば、北海道立林産試験場「林産試験場研究報告」65号(昭和51年6月)には、木質セメントボードの製造に関する研究が記載されているが、その序論において、木質セメントボードを含む木質成型板について、「そもそも無機物質を結合剤とする木質成型板はドイツ、オーストリーにおいて、木毛板あるいはブロック状製品として19世期末から20世期初頭にかけてあらわれた。とりわけセメントを結合剤とする木毛板が市場にあらわれるようになったのは1928年のことである。また同じころ、木片セメント板がドリゾールとしてスイスで開発されている。・・・また木片セメント板は・・・1955年ドリゾールとして生産を開始したのが始まりである。次いで1965年・・・硬質木片セメント板がセンチュリーボードとして市場に出まわるようになった。」(88頁12行ないし20行)と記載されていることが認められる。また、甲第4号証によれば、引用例の栗山寛著「増補建築用セメントコンクリート製品」(昭和48年12月第2刷発行)には、木毛セメント板及び木片セメント板について、「いずれも、木毛あるいは木片をセメントペーストを接着剤として、板状成形した建築用ボードの1種である。木毛はテープ状の木材、木片は小片状の木材であるから、同質のもので、木質セメント板と総称してもよろしかろう。」(122頁2行ないし4行)と記載されていることが認められる。これらの記載によれば、セメントを結合剤とする木質成型板(木質セメント板)には、テープ状の木材を使用するか、小片状の木材を使用するかの点に相違のある木毛セメント板と木片セメント板の2種類あることが認められる。
さらに、甲第3号証によれば、同号証の「1.1緒言」には、「木質セメントボードはいわばボード内部の骨格ともいうべき木質小片とこれの結合剤であるセメントおよびセメントを硬まらせ結合剤たらしめる水とから構成される。」(88頁下から7行、6行)と記載されていることが認められ、この記載によれば、甲第3号証記載の研究において対象とした木質セメントボードは、本件特許発明が対象とする木毛セメント板とは異なり、木片セメント板に属するものであることが認められる。
そうすると、甲第3号証に記載された「木質セメントボード」に関する知見が木毛セメント板にも適用可能なものか否かは、当該知見の具体的内容によるのであり、当該知見の内容が木質の形状・形態ではなく、木質セメントボードの中に木質組織が含まれていることに基づくものである場合には、上記「木質セメントボード」に関する知見は、木毛セメント板に適用可能なものと認められる。以下、この観点から甲第3号証の記載内容を検討する。 ⅱ 甲第3号証によれば、同号証には、研究の目的として、「本章では木質小片として形状形態の全く異るパールマン小片と鋸屑を用い、原料の配合割合、ボード比重とボードの機械的性質および吸水性の関係を把握しようとした。」88頁下から2行、1行)と、製板方法として、「セメント/木質比;1.5~2.5、ボードの設計予定比重;0.7~1.2のくみあわせで各々水/セメント比を6水準とした。」(89頁11行、12行)とそれぞれ記載されていることが認められる。これらの記載によれば、甲第3号証記載の研究は、必要とされる特性を有する木質ボードの設計の参考とするため、パールマン小片又は鋸屑を含む木質セメントボードにおいて、ボード材質と機械的性質及び吸水性の関係についての知見を得るためのものであることが認められる。
そして、甲第3号証によれば、同号証には、試験の結果として、パールマン小片を含む木質セメントボードと鋸屑を含む木質セメントボードにおける曲げ強さとボード比重の関係が第1-8図(93頁)として図示されており、この第1-8図は、木質セメントボードの曲げ強さは、木質小片の形状・形態(パールマン小片か鋸屑か)、及びセメント/木質比(1.5、2.0、2.5)にかかわらず、ボード比重1.0を越える領域を含めて、ボード比重の増大とともに直線的に増大することを示していることが認められる。そして、この知見が、形状・形態を異にするパールマン小片と鋸屑に共通するものであることを考慮すれば、この知見は、木質セメント板が木質組織を含むことに基づくものであり、木質組織として木毛を用いた木毛セメント板にもそのまま当てはまるものと認められる。
被告主張のパールマン小片等の大きさが本件特許発明のものと異なる点も、上記認定を左右するものとは認められない。
したがって、甲第3号証は、木毛セメント板の曲げ強さが、嵩比重1.0を越える領域を含めて、嵩比重の増大とともに増大することを示唆しているものである。
(b) 引用例(甲第4号証)
甲第4号証によれば、引用例には、木毛セメント板の強度について、「木毛セメント板の強度は、セメントの種類が同一、木毛の配列が均一ならばおもにかさ比重、換言すれば板1の重量によって定まる。・・・次に昭和37年、防火用木毛セメント板(太木毛および細木毛セメント板)の曲げ試験を行なった結果は図5.27平均値は表5.314」(142頁5行ないし末行)と記載されていることが認められ(一部は当事者間に争いがない。)、しかも、昭和37年に行われた試験結果を図示した図5.27(142頁)には、嵩比重1.0以上の防火用木毛セメント板(太木毛及び細木毛セメント板)も示されていることが認められる。これらの記載等は、木毛セメント板の曲げ強さは、セメントの種類及び木毛の配列態様が一様であれば、主として嵩比重(板重量)により定まるものであり、嵩比重1.0を越える領域を含めて、嵩比重の増大とともに増大するものであることを示唆するものと認められる。
そして、上記太木毛とは、乙第3号証(昭和36年改正のJIS「木毛セメント板」表1(1頁))によれば、幅4~5mm、厚さ0.3~0.5mmのものであることが認められ、この数値が、本件特許発明が規定する木毛の巾(3.5~5mm)、厚さ(0.3~0.5mm)の数値とほぼ一致することが認められるから、上記知見は、木毛の巾及び厚さを本件特許発明と同じくするものにおいても、嵩比重1.0を越える領域を含めて、嵩比重の増大とともに増大ずることを示唆していると認めるべきである。
(c) これに反する被告の主張は採用することができない。
<3> 断熱性について
(a) 甲第4号証によれば、引用例には、木毛セメント板の熱伝導率について、「熱伝導率はかさ比重、含湿率、温度などに関連し、・・・図5.20は東京大学生産技研12)における実験結果である。」(137頁下から6行ないし2行)と記載され、図5.20(138頁)には、同図中の〓(厚さ:20mm、木毛種類:太)、及び△(厚さ:60mm、木毛種類:特太)の熱伝導率は、嵩比重1.0以下において、嵩比重の増大とともに増大するが、×(厚さ:4.0mm、木毛種類:細)の熱伝導率は、嵩比重の増大とともに増大するが、嵩比重0.7ないし0.9の辺りで横ばいとなることが図示されていることが認められる。
これらの記載によれば、引用例には、木毛セメント板における熱伝導率は嵩比重の増大とともに増大するが、木毛の種類、木毛セメント板の厚さによってどの程度の嵩比重において生ずるかは異なるものの、嵩比重が増大しても熱伝導率が上昇せず、横ばいとなる現象が生ずることが開示されているものと認められる(空気の存在が断熱性に関係するとの技術常識からすると、圧縮して嵩比重を増大していってもある限界以上で空隙の圧潰縮少も限界に達し、それ以上では空気があまり排除されなくなることがこの横ばい現象に関係していることを容易に推認することができる。)。
(b) これに反する被告の主張は、上記に説示したところに従い、採用することができない。
<4> 釘打ち可能性について
本件明細書(甲第2号証)にいう「施工時の釘打ちが可能」
(3欄5行、6行)の意味が、被告主張ように、木毛セメント板に割れないで釘が打てることないし釘が突き刺さるということだけを意味するものではなく、木毛セメント板に突き刺さった釘が簡単には抜けないこと、すなわち、所定の保釘力(引抜耐力)を有することを意味するとしても、木材における保釘力(引抜耐力)が、木材と釘との間の摩擦により生じる力であることが技術常識として知られていることからすれば、木毛セメント板における保釘力は、木毛セメント板中の木質組織(木毛)により主として担われるものであると認められるから、嵩比重が増大するとともに、木毛セメント板中に形成される木質組織が密実性を増して保釘力が増大し、釘打ちが可能となることは、当業者が当然認識することと認められる。
<5> 動機づけの有無
以上のように、甲第3号証及び引用例には嵩比重と曲げ強さの関係が、引用例には嵩比重と断熱性の関係が、そして技術常識から嵩比重と釘打ち可能性との関係がそれぞれ示唆されている以上、木毛セメント板の嵩比重を適宜調整して、必要とされる曲げ強さ、断熱性及び釘打ち可能性の3つの要請を満たす嵩比重の範囲を選択し、本件特許発明の構成とすることは、当業者が適宜行い得ることであり、そのこと自体に困難性はないと認められる。
これに反する被告の主張は理由がない。
3 取消事由2(効果についての判断の誤り)について
(1) 効果の認定
本件特許の請求項1に係る発明についての判断のうち、効果の認定(審決書41頁8行ないし13行)、及び、本件特許の請求項2に係る発明についての判断のうち、効果の認定(審決書43頁7行ないし13行)は、当事者間に争いがない。
(2) 効果の顕著性の有無
<1> 曲げ強さについて
被告は、本件特許発明の試験に使用された高圧木毛セメント板の曲げ強さは、厚さ15mmの場合、80.8kgf/cm2であり(甲第2号証2頁曲げ試験結果の表)、これは、乙第3号証(JIS A5404(1961年))から推測される曲げ強さ約50kgf/cm2を越える顕著なものである旨主張する。
しかしながら、甲第3号証によれば、曲げ強さは、嵩比重だけでなく、「ボード材質は構成原料の性状およびその混合割合に左右される」(甲第3号証88頁下から6行、5行)ことが認められ、この事実によれば、構成原料の性状やその混合割合を異にする本件明細書の記載と乙第3号証の記載との比較は、比較の前提を欠き、本件特許発明が曲げ強さの点で顕著な効果を奏することを示すものとは認められず、被告の上記主張は理由がない。
<2> 断熱性について
被告は、乙第5号証(全国木毛セメント板工業組合編「木毛セメント板ガイドブック」)に記載された東京大学生産技術研究所の試験結果から予測される熱伝導率(嵩比重が1.0の場合)は約0.33kcal/m2.h.℃である(乙第6号証)のに対し、本件特許発明の試験に使用された高圧木毛セメント板の熱伝導率は0.105kcal/m2.h.℃であるから(甲第2号証)、本件特許発明は顕著な効果を奏する旨主張する。
しかしながら、乙第5号証に記載された表から乙第6号証のように熱伝導率を推測することが合理的であることを裏付ける証拠はない上、前記に説示のとおり、「熱伝導率はかさ比重、含湿率、温度などに関連」(甲第4号証137頁下から6行、5行)するものであり、本件明細書に記載の試験結果と、これと含湿度等を異にする乙第5号証に記載された試験結果から推測される数値との比較は、比較の前提を欠き、本件特許発明が断熱性の点で顕著な効果を奏することを示すものとは認め難く、被告の上記主張は理由がない。
<3> 釘打ち可能性について
被告は、保釘力の上昇により従来ベニア板の代用品として使用できなかった分野にまで、木毛セメント板の使用分野を広げることができた旨主張するが、そのこと自体により本件特許発明が顕著な効果を奏するものと解することはできない。
さらに、被告は、乙第8号証の試験結果に基づき、嵩比重が0.50ないし0.95の間における保釘力の上昇率は嵩比重0.05当たり3.1kgfであるが、嵩比重が1.0ないし1.2の間における保釘力の上昇率は、嵩比重0.05当たり7.4kgfであり、2.4倍にもなるから、本件特許発明は顕著な効果を奏する旨主張するが、嵩比重0.5のものと嵩比重1.0のものを単純に比較しても、同じ体積の所に倍の木質組織(木毛)及びセメントが存在することになるのであるから、被告主張程度の保釘力の上昇をもって予測を越える顕著なものと認めることはできず、被告の上記主張は理由がない。
<4> 総合判断
そして、上記に検討した曲げ強さ、断熱性及び釘打ち可能性の効果を総合して考慮しても、本件特許発明が引用例、甲第3号証及び技術常識から予想されるものを越える顕著な効果を奏するものと認めることはできない。
4 結論
以上によれば、審決は、本件特許発明の構成についての容易推考性の認定、判断を誤り、また、本件特許発明の効果の顕著性についての認定、判断を誤ったものであり、これらの誤りは、本件特許発明は審決時甲第1ないし第20号証の記載に基づいて当業者が容易に発明をすることができないものとした審決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。
よって、原告ら主張の取消事由は理由があるから原告らの請求を認容することとし、主文のとおり判決する。
(口頭弁論終結の日 平成11年6月1日)
(裁判長裁判官 永井紀昭 裁判官 塩月秀平 裁判官 市川正巳)
理由
Ⅰ. 手続の経緯・本件発明の要旨
(1)手続きの経緯
本件特許第1803139号は、昭和63年7月15日に出願され、平成5年2月23日に出願公告(特公平5-13895号)された後、平成5年11月26日に設定の登録がされたものである。
(2)訂正の請求について
被請求人は、平成8年10月28日付け訂正請求書により、本件特許第1803139号の明細書の訂正を請求しているので、まずこの訂正が認められるか否かについて検討する。
被請求人が求めている訂正の請求は、誤記の訂正を目的として、本件特許の明細書を訂正請求書に添付した訂正明細書のとおりに訂正しようとするものであり、その証の内容は以下の、のとおりである。
明細書第1頁第5行および第3頁第18行(公報第1頁第1欄第2行および第2頁第3欄第9行)の「・・・外周面の付着せしめた・・・」とあるのを、「・・・外周面に付着せしめた・・・」と訂正する。
明細書第9頁第7行~第8行(公報第3頁第5欄第14行~第15行)の「厚さ0.5mm~0.5mm」とあるのを、「厚さ0.3mm~0.5mm」と訂正する。
そこで、まず上記の訂正について検討する。
次に、上記の訂正について検討する。上記の訂正事項に関連する記載として、訂正前の明細書の詳細な説明には、帯状木片の厚さは「0.3mm~0.5mm」(明細書第1頁第6、11行、第3頁第19行、第4頁第3~4行、及び第5頁第3行)とあり、帯状木片の厚さは0.3mm~0.5mmであることは明らかであるから、明細書第9頁第7~8行の「厚さ0.5mm~0.5mm」は「厚さ0.3mm~0.5mm」の誤記であるといえる。
そして、訂正後の特許請求の範囲に記載された事項により特定される請求項1及び2に係る発明は、後述するように独立して特許を受けることができるものと認められるから、同法第126条第4項の規定にも適合するものである。
(3)本件特許発明の要旨
本件特許発明の要旨は、平成8年10月28日付け訂正請求書に添付された訂正明細書の記載及び図面からみて、その特許請求の範囲に記載された次のとおりのものと認める。
請求項1「セメントの溶剤を外周面に付着せしめた、巾3.5mm~5mm.厚さ0.3mm~0.5mmの不定形な帯状木片を用いて加圧成型し、硬化乾燥して木毛セメント板を形成するにあたり、該木毛セメント板の嵩比重を1.0~1.2に設定したことを特徴とする高圧木毛セメント板。
請求項2「巾3.5mm~5mm.厚さ0.3mm~0.5mmの不定形な帯状木片とセメントミルクとを混合し、これを型詰めし、厚さの方向に圧力を均一に加え、所定の厚さに圧縮した後、これを養生し、嵩比重を1.0~1.2にしたことを特徴とする高圧木毛セメント板の製造方法。」
Ⅱ. 当事者の主張等
(1)請求人の主張
請求人は、審判請求書の請求の趣旨において、「第1803139号特許はこれを無効とする」との審決を求め、その請求の理由につき、<1>審判請求書においては、証拠方法として甲第1~3号証を提出して、本件特許発明(請求項1及び2に係る発明)は甲第1及び2号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるとし、<2>審判請求理由補充書(平成7年2月16日)においては、証拠方法として新たに甲第4~6号証を補充し、審判請求書の請求の理由と同一の主張を行い、<3>審判事件弁駁書(平成7年9月13日)においては、証拠方法として更に甲第7、8号証を補充し、審判請求書の請求の理由と同一の主張をし、<4>審判事件弁駁書(第2回)(平成8年7月9日)においては、本件特許発明に関する明細書は、その特許請求の範囲の記載が、特許法第36条第4項第1号若しくは同第2号に適合しないものであり、又は特許発明は特許法第29条第1項柱書の「産業上利用できる発明」ではないとし、更に、本件特許発明(請求項1の発明)の高圧木毛セメシト板は、本件特許発明の出願前に、本件特許権者により日本国内において販売されていた高圧木毛セメント板と同一であるから、本件特許発明は特許法第29条第1項第2号の発明に該当し、更に、本件特許発明の明細書における発明の詳細な説明の記載は特許法第36条第3項の要件を満たしていないとして、請求の理由を新たに追加し、そして<5>審判事件弁駁書(第3回)(平成9年4月1日)においては、証拠方法として更に甲第12~15号証を補充し、本件特許発明は甲第12号証に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をし得たとして、再度、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないとし、また、これまで主張してきた請求の理由につき繰り返し主張し、更に、<6>審判請求理由補充書(平成9年5月23日)においては、証拠方法として新たに甲第16~20号証を補充し、審判事件弁駁書(第3回)(平成9年4月1日)でなした主張に加えて、本件発明は特許法第29条第2項の規定により特許を受けることが出来ないと再々度主張し、結局、本件特許は同法第123条第1項第1号又は同第3号に該当し無効とされるべきである、と主張している。
以上の主張を整理すると、以下のようになる。
<1>無効理由1:特許法第36条第4項第1号若しくは第2号違反(請求項1に係る発明に対して)の主張
<2>無効理由2:特許法第29条第1項柱書きの要件違反(請求項1に係る発明に対して)の主張
<3>無効理由3:特許法第29条第1項第2号に該当する(諸求項1に係る発明に対して)とずる主張
<4>無効理由4:特許法第36条第3項の要件違反の主張
<5>無効理由5:特許法第29条第2項の規定違反の主張
(2)請求人が提示した証拠方法
甲第1号証:全国木毛セメント板工業組合編集兼発行「木毛セメント板ガイドブツク」(昭和46年3月1日発行)
甲第2号証:全国木毛セメント板工業組合発行「木毛セメント板の栞」
甲第3号証:全国木毛セメント板工業組合の総会議事録
甲第4号証:全国木毛セメント板工業組合の昭和43年7月22日付け及び昭和51年8月13日付け閉鎖登記簿謄本
甲第5号証:全国木毛セメント板工業組合発行「木毛セメント板の栞」
甲第6号証:北海道立林産試験場「林産試験場研究報告 第65号、p88~137」(昭和51年6月30日発行)
甲第7号証:興亜不燃板工業株式会社製品コーライトフロアのカタログ
甲第8号証:興亜不燃板工業株式会社の会社登記簿謄本
甲第9号証:千葉地方裁判所宛の被請求人による興亜不燃板工業株式会社に対する製造・販売禁止等仮処分命令申立書副本
甲第10号証:被請求人の製品「T.S.BOARD」のカタログ
甲第11号証:平成7年度活路開拓ビジョン実現化事業補助金交付申請書
甲第12号証:栗山 寛「増補 建築用セメントコンクリート製品」(株)技術書院発行(昭和48年12月15日)
甲第13号証:第3017174号登録実用新案公報
甲第14号証:T・Sボード耐火屋根の評定報告書
甲第15号証:建設省住宅局建築指導課監修「挿入式 耐火防火 構造・材料等便覧」日本建築センター新日本法規出版株式会社発行
甲第16号証:「日本建築学会研究報告 第2号」(社)日本建築学会発行(昭和24年7月)
甲第17号証:「日本建築学会研究報告 第3号」(社)日本建築学会発行(昭和24年10月)
甲第18号証:「日本建築学会研究報告 第10号」(社)日本建築学会発行(昭和26年4月)
甲第19号証:「日本建築学会研究報告 第14号」(社)日本建築学会発行(昭和26年11月)
甲第20号証:(社)日本建築学会発行の研究報告の発行日に係る証明書
資料1:平成5年2月1日改正
「JIS 木毛セメント板 JIS A 5404-1993」日本規格協会発行
資料2:甲第15号証と同一のものなお、資料1及び2は、当審からの尋問書に対する回答書(平成7年12月18日付け)に添付されたものである。
(3)被請求人の答弁
被請求人は、「本件審判請求は成り立たない」との審決を求め、請求人が主張する無効の理由によって本件特許が無効になるものではない旨の答弁をしている。
(4)被請求人が提示した証拠方法
乙第1号証:全国木毛セメント板工業組合 「平成7年度活路開拓ビジョン実現化事業報告書 木毛セメント板の端材等を再生利用するための新技術の開発」平成8年2月
乙第2号証:全国木毛セメント板工業組合発行「木毛セメント板の栞」
乙第3号証:実開昭61-9408号のマイクロフィルム
乙第4号証:平成6年(ヨ)第585号の証拠説明書
乙第5号証:長谷川法律事務所弁護士長谷川洋二作成の報告書
乙第6号証:確認通知書(建築物)
乙第7号証:登記申請書
乙第8号証:TSボード 納入実績表 平成2年~平成7年
乙第9号証:全国木毛セメント板工業組合総会資料
乙第10号証:催告書
乙第11号証:請求書 興亜不燃板工業(株)宛
乙第12号証:請求書 旭化工板製造(株)宛
乙第13号証:請求書 山陽ボード(株)宛
乙第14号証:T.Sボードカタログ
乙第15号証:T.S.BOARDカタログ
資料1:第3017174号登録実用新案公報
なお、被請求人が提示した資料1は、当審からの尋問書に対する回答書(平成7年12月11日付け)における回答内容を補足するためにした上申書(平成8年9月4日付け)に添付されたものである。
Ⅲ. 甲各号証の記載事項
(1)甲第9号証
甲第9号証は千葉地方裁判所宛の被請求人による興亜不燃板工業株式会社に対する「製造・販売禁止等仮処分命令申立書(副本)であつて、当該仮処分事件は本件特許権を被保全権利とするものである。そして、「申請の理由」の「四、4、」には、「・・・本件特許権に基づくT・Sボードは、・・・(中略)・・・全国の有名な建物の建材として使用されている。」こと、同じく「八、3、」には、「高圧木毛セメント板は、債権者が昭和六二年に開発に成功し、製造・販売してきたもの」であること、及び、同じく「一〇、2、」には、「また、債権者のT・Sボードの売上高は次の通りである。・・・(中略)・・・右にみる通り、T・Sボードは、販売開始時の昭和六二年は、七〇万円であったのが、その後、・・・(中略)・・・。」の記載がなされている。
(2)甲第12号証
甲第12号証は、栗山寛著、昭和48年12月15日に(株)技術書院より発行された「増補 建築用セメントコンクリート製品」なる刊行物であって、その第122~153頁には「木毛セメント板」についての解説がなされており、本件特許発明と関連性のある記載を摘記すると、「製造工程は大略次のとおりである。
原木→・・・(中略)・・・→出荷」(第125頁第18行~同頁下から第3行)、「木毛寸法は・・・(中略)・・・幅3.5mm.許容差±0.5mm 厚さ0.3~0.5mm」(第124頁第4~8行)、「木毛に付着した水だけで撹拝しながらセメントペーストをつくって木毛の表面にペーストが万べんなくつつむようになって、ミキサの他方の口から排出される。・・・(中略)・・・これによると最初木毛の製造時の標準寸法は30cmであるが、混練前でさえも短い木毛がすでに相当量あるが、混練後はさらに切断されて短い寸法の木毛が多くなっている。」(第129頁第18~末行)、「圧縮成形に要する圧力であるが、原料混和物の量によって、影響をうける。板のかさ比重の大きさによつて板の性能がほぼ決定されるから、原料の量と圧縮力とによって定まることになる。通常、圧縮成形圧は3kg/cm2以下である。これよりも大きい圧力で成形する場合はセメント量を標準量より減じうる。反対に軽量のため低圧成形する場合は少しセメント量を多くする。 (ヘ)養生 圧縮緊結後、セメントがある程度硬化するまで、上記の緊結のまま保存しないと・・・(中略)・・・(ト)乾燥 養生終了後は乾燥して板の含水率を下げて、15~20%程度にする。」(第131頁第2行~第133頁第3行)」、「≪防火を目的とした木毛セメント板≫ なるべくセメント量を多くして密実なものがよいから少なくともかさ比重0.6以上、望むらくは0.8前後がよい。・・・(中略)・・・かさ比重0.7~0.8にするには成形圧も大きくする必要がある。図5.19は昭和36年に建設省建築研究所で行われた加熱試験の結果を示すもので、比重0.6以上、厚さ15mm以上でも、難燃2級に必ずしも合格しないものであることを示している。」(第136頁最下行~第137頁第6行)、「木毛セメント板の強度は・・・(中略)・・・おもにかさ比重、換言すれば板の重量によって定まる。筆者が・・・(中略)・・・の曲げ試験を行った結果は図5.27平均値は表5.314)。」(第142頁第5~末行)、「図5.19に示すように、15mm厚以上の製品でも不合格品が多くでている。所定のセメント量と厚さをもった板を均質に製造できる方法を確保することが、本業界に課せられた近代化の眼目である。」(第144頁第12~14行)、「以上木毛セメント板のひととおりの性質について述べたが、JISの品質規定は表5.4のごとくである。」(第146頁第2~3行)の記載がなされている。
(3)甲第16、17号証
甲第16号証は、「建築物の防火工法上必要な硬質木毛セメント板の性質に関する研究(豫報)」に関するもので、「2.硬質木毛セメント板の予備的製品に関する試験(1)試験資材の採取」の項には、「目的は石綿スレートに代り得べきものであるから、従来の木毛セメント板ではなくて、更に強圧を加へた特殊製品が必要である。」(2葉目第8~9行)との記載があり、また、甲第17号証には、「成型時圧力のセメント製板に及ぼす影響に就いて その1」と題する報告の中の「Ⅰ.緒言」の項に「石綿スレート、木毛セメント板、厚型スレート、セメント瓦等の板状セメント製品は、その成型に当り、大なり小なり加圧する。従来加圧力が大きい程強度其他の症状が向上すると考へられてるた。」(第1-6頁下から第2行~第1-7頁第1行)と記載されている。
(4)甲第18、19号証
甲第18号証には、「硬質繊維セメント板の試作並に試験(第3報)」について記載され、「1.序」において「本報告は、硬質木毛セメント板の素板の試作並に其の曲げ強度の関係を主とし、・・・検討をなしたものであるが、・・・」(第1頁第13~15行)とし、「2.試作硬質木毛セメント板の概要」において「(1)素板の試作木毛は予め水中に浸漬し、飽和せしめセメントと木毛の調合比を5種類にかえ、成型の型は30×30cm大の木型に、全体で成形圧搾力は5t及び3tとし、・・・(中略)・・・(2)素板の表面加工 素板の成形の後、24時間にて脱型、セメントの湿潤状の時に1..2mm節で飾った軽石砂(4)+セメント(1)のモルタルを厚さ3mm鏝で圧塗りし、硬化乾燥となしてから、特殊低火度釉薬を塗布、特殊急熱焔を以て短時間に熔融する。」(第1頁第18~23行)と記載きれ、「3.1表 試作硬質木毛セメント板(素板)の曲げ試験」の結果として、調合比がセメント:木毛=75:25の硬質木毛セメント板では、成型圧5.6kg/cm2のもののうち番号1、2、3、4(試験体の厚さ1.17~1.60cm)の全ての単位容積重量(g/cm3)が1.08~1.18の範囲にあることが、また成型圧3.3kg/cm2のもののうち番号1、2、3、4(試験体の厚さ1.12~2.35cm)の全ての単位容積重量(g/cm3)が1.02~1.15の範囲にあることが記載されている。そして、調合比がセメント:木毛=65:35の硬質木毛セメント板では、成型圧5.6kg/cm2のもののうち番号3、4(試験体の厚さ2.35.2.22)のものが単位容積重量(g/cm3)が1.08及び1.02であり、成型圧3.3kg/cm2のもののうち番号2(試験体の厚さ1.18)のものが単位容積重量(g/cm3)が1.00であることが記載されている。そして、「4.結果の綜合」として、「(2)素板のセメント、木毛調合比と曲げ強さの関係(同第4.2図参照) 調合比55:45(この成形圧は3.3~5.5kg/cm2程度の場合)の時が強度的に最も有効である。表面加工も亦同様な事がいえる。」(甲第18号証第4頁下から第6行~同頁下から第4行)こと及び「(3)セメント、木毛調合比と単位容積重量との関係(同第4.3図参照) 前項同様調合比55:45程度で、曲げ破壊係数の増す割合に比重の上昇は少ない。」(同頁下から第3行~同頁下から第2行)ことが記載されている。
甲第19号証には、「硬質木毛セメント板の試作とその建築構造への応用」について記載され、「2.試作試験の概要(1)素板の試作」の項には「主として試作のデータが正確に採り得た第3次の試作値を附図に依って示す。木毛は豫め水中に浸漬し飽和せしめ、セメントに対する調合比は―75/25、65/35、55/45、45/55、35/65の5種類、成型の型は―30×30cm 大の木型に上下鋼板を以って厚さ1.2~1.9cmに圧縮し、全成型圧縮力は―5t及び3t(即ち成型圧5.5kg/cm2及び3.3kg/cm2)・・・(中略)・・・通り。」(第31頁第10~15行)とあり、「4.結果の綜合」の項に「(1)此の試作程度0.6~1.1g/cm3のものでは、曲げ破壊係数は平均20~90kg/cm2となり、重量で約0.75g/cm3の処で急激に変化する。・・・(中略)・・・実用品としては重量0.8~1.0g/cm3のものが強度的に安全である。・・・(中略)・・・(2)素板のセメント・木毛の調合比は規格に依る 普通木毛セメント板のそれの如き調合比が重量/曲げ強さの上に有効である。換言すれば普通木毛セメント板製作の過程に圧力だけを3.3~5.5kg/cm2程度に増すだけでよい(4.2図)」(第32頁第13行~第33頁第8行)と記載されている。なお、上記「4.結果の綜合」の項の「(1)此の試作程度0.6~7.7g/cm3」の記載は「4.1-図」からみて「0.6~1.1」の誤記と判断し、上記のとおり認定した。
Ⅳ. 当審の判断
(1)無効理由1:特許法第36条第4項第1号若しくは第2号違反(請求項1に係る発明に対して)の主張について
請求人が主張する、本件発明の訂正請求前の特許請求の範囲の請求項1の記載「セメントの溶剤を外周面の付着せしめた」という記載は、訂正請求書の提出により、「セメントの溶剤を外周面に付着せしめた」と訂正されたので、請求人の主張はその理由を欠くこととなった。
(2)無効理由2:特許法第29条第1項柱書きの要件違反(請求項1に係る発明に対して)の主張について
この主張も、上記無効理由1で述べたように、請求項1の訂正により、その理由を欠くこととなった。
(3)無効理由3:特許法第29条第1項第2号に該当すると(請求項1に係る発明に対して)する主張について
請求人が提示した甲第9証には、前記「Ⅲ.(1)」において摘記したように、「高圧木毛セメント板は、債権者が昭和六二年に開発に成功し、製造・販売してきたもの」であること、及び、「また、債権者のT・Sボードの売上高は次の通りである。・・・(中略)・・・右にみる通り、T・Sボードは、販売開始時の昭和六二年は、七〇万円であったのが、その後、・・・(中略)・・・。」の記載がなされている。
そして、被請求人が提出した乙第5号証(弁護士長谷川洋二が特許庁審判長に宛てた、千葉地方裁判所平成6年(ヨ)第585号仮処分事件における仮処分申立書第二項+2の記載内容についての報告書)には、「1、T・Sボードの売上について昭和62年から記載しているのは、当職が本件特許権に基づくT・Sボードとそれ以前のT・Sボードとを区別しないまま、・・・(中略)・・・に電話を入れ、T・Sボードの売上げを教えてほしいと伝え、・・・(中略)・・・聞いた内容をそのまま記載したにすぎません。 2、従いまして、このT・Sボードには、特許権に基づくものと、そうでないものが含まれております。」との報告がなされている。
これだけの記載によれば、昭和62年の売上げには特許権に基づくT・SボードとそうでないT・Sボードの売上げが含まれることになり、本件出願前の昭和62年から既に本件特許発明を実施していたと解する場合もあり得るが、被請求人の「表中昭和63年以前の売り上げは本件特許権を実施したT・Sボードのものでは無い。当社が昭和62年に開発に成功し、製造販売を始めた初期の高圧木毛セメント板にはまだ特許発明は実施されていなかった。特許発明を完成させたのが昭和63年の特許出願直前であり、また特許発明を実施に移したのは特許出願後に建設した新工場(現橿原工場)完成後のことである。・・・(中略)・・・従って特許出願前に製造した製品が上記の建築物に納入されるような事は決して無かった。納入されたのは平成3年以降に製造された物であり特許発明を実施した物である。」[(被請求人が提出した「審判事件答弁書(第3回)(平成8年10月28日付け)」第6頁第5行~第7頁第4行)]の答弁内容は被請求人自らの事実に対する釈明とすれば、これを是とするほかはなく、これを覆すに足りる証拠もない。
そうすると、本件特許発明は特許出願前に日本国内において公然実施された発明とはいえないから、請求人の主張は理由がない。
(4)無効理由4:特許法第36条第3項の要件違反の主張について
被請求人が、自ら提示した乙第1号証(全国木毛セメント板工業組合発行「平成7年度活路開拓ビジョン実現化事業報告書 木毛セメント板の端材等を再生利用するための新技術の開発」)を根拠に、「現在においても高圧(高比重)木毛セメント板を製造することは困難」(被請求人による「審判事件答弁書(第2回)」第2頁第20~21行)としているのを捉えて、請求人は、それは公開された本件特許発明の明細書における発明の詳細な説明が当業者が容易に実施できる程度に記載されていないことに繋がるとして、本件特許発明は特許法第36条第3項の要件を満たしていないとしているが、本件特許明細書をみるに、[発明が解決しようとする課題]には「本発明は・・・(中略)・・・断熱性が良く、強度があり、さらに施工時の釘打ちが可能な高圧木毛セメント板及びその製造方法を提供するものである。」とあり、[課題を解決するための手段]として、先に摘記の請求項1及び2が示され、[発明の効果]として曲げ破壊荷重、最大曲げ応力度、曲げヤング率、熱伝導率、熱抵抗及び亜鉛鉄板葺き屋根熱貫流率が開示され、また製造方法に係る実施例も記載されているから、本件特許発明にいう「高圧木毛セメント板」及び「高圧木毛セメント板の製造方法」について、当業者が容易にその実施をすることができる程度に、その発明の目的、構成及び効果が記載されていると認めることができる。そして、乙第1号証はその標題にもみられるように「木毛セメント板の端材等を再生利用するための新技術の開発」に係る報告書であって、本件発明とは直接関係がない。端材が無混入のものであっても、使用する木毛が本件特許発明で規定する範囲のものか否かも不明である。
以上のように、本件特許発明は特許法第36条第3項の要件を満たしているものと認められ、更に、請求人の主張は、被請求人の答弁書における「売り言葉」に対する「買い言葉」如きものであって、本件特許明細書における発明の開示と直接関係が無く、理由がない。
(5)無効理由5:特許法第29条第2項の規定違反の主張について
前記「Ⅱ.(1)請求人の主張」で記載したように、請求人が、本件特許発明は甲第1及び2、4~8、並びに12号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができた、と主張している点については、請求人が「審判事件弁駁書(第3回)」において、「新たな証拠である甲第12号証(昭和48年12月15日に株式会社技術書院が発行した刊行物『増補 建築用セメントコンクリート製品』を提出して、本件特許発明が特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであったことを以下において主張し立証する。甲第12号証は、既提出の甲第2、5号証と著者が同一であるため、これらと重複する部分があり、且つ木毛セメント板の基本構成において既提出の甲第1号証と重複する部分もあるが、主にこの甲第12号証に基づいて、審判請求人のこれまでの主張を整理しながら本件特許発明の無効理由を説明する。」としていることから、当審も主に甲第12号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明することができたか否かについて検討する。
そして、その検討の中で、平成9年5月23日付けの審判請求理由補充書において新たに補充した証拠甲第16~19号証についても検討し、合わせて本件特許が無効とされるべきか、否かにつき判断する。
(ⅰ)甲第12号証の記載内容
甲第12号証(以下、「引用例」という。)には、前記「Ⅲ.(2)」において摘記したとおりの記載があり、これをまとめると引用例には、『木毛に付着した水だけで撹拌しながらセメントを散布して、セメントベーストをつくって、セメントベーストを木毛の表面に付着せしめた、幅3mm~4mm、厚さ0.3mm~0.5mmの不定形な帯状の木片を用いて圧縮成形し、硬化乾燥した木毛セメント板及び木毛セメント板の製造方法』について記載されている。
(ⅱ)対比・判断
<1>本件特許の請求項1に係る発明について
本件特許の請求項1に係る発明と引用例に記載された発明とを対比すると、前者の「セメントの溶剤」とは、セメントを水で溶かしたものを、木毛の外周面に塗るか、まぶすことにより、木毛の外周面にセメントペーストが付くことを意味する(平成7年10月2日付けの当審からの尋問書に対する被請求人からの平成7年12月11日付け回答書、第2頁第12~22行)、との被請求人からの釈明からも明らかなとおり、後者の「セメントペースト」は前者の「セメントの溶剤」に相当することになり、また、前者の「加圧成型」が、原料を型詰めし、厚さの方向に圧力を均一に加え所定の厚さに圧縮することを意図したものであることが明らかであるから、後者の「圧縮成形」は、前者の「加圧成型」に相当することになるから、本件特許発明の用語を用いれば、両者は、「セメントの溶剤を外周面に付着せしめた、巾3.5mm~4mm、厚さ0.3mm~一〇.5mmの不定形な帯状木片を用いて加圧成型し、硬化乾燥してた木毛セメント板」の点で一致するが、後者には、前者の構成要件の一部である「該木毛セメント板の嵩比重を1.0~1.2に設定した」点について記載されていない点で異なる。
そこで、この相違点について検討するに、本件特許は、『従来の木毛セメント板は難燃性と断熱性に優れているので、従来から屋根の下地用として使用されているが、壁の下地用としては強度が不足するので、補強する必要があるため、最近は木毛セメント板の代わりに木片セメント板が使われるようになったが、強度面を考えて硬質木片セメント板を使用した場合断熱性が悪いという欠点がある』(本件特許明細書の[従来の技術]、[発明が解決しようとする課題]の記載内容の部分的要約)ため、これを解決すべく、木毛セメント板の嵩密度を従来のものよりかなり高い「1.0~1.2」とすることによって、強度的に従来の硬質木片セメント板に劣らない上に熱抵抗値が高いので、断熱性が良く、従来の木毛セメント板と余り変わらない断熱性能の有するものが得られたのである。
これに対して、引用例には、硬質木片セメント板の強度と木毛セメント板の断熱性の双方の物性を兼ね備えた木毛セメント板を提供するために従来の木毛セメント板製造の場合の2分の1程度の厚さに圧縮すること及びこの圧縮によって嵩比重を1.0~1.2という高い嵩比重にするという技術思想は何ら記載されておらず、また示唆するものもない。
請求人は「甲第12号証第134頁の下から第11~10行目には『木毛セメント板のかさ比重で、普通木毛セメント板、半硬質木毛セメント板、硬質木毛セメント板などになる。成形圧力の区分にもなる。』と記載されて、木毛セメント板は嵩比重により『普通』『半硬質』『硬質』と硬さが変わり、これらの硬さの違いは成形圧力の違いによって表れる点が記載されている。」とし、「甲第5号証の第21頁の下段に『JIS A 5404 木毛セメント板』の寸法と重量等の規格表」に基づいて嵩比重を試算して、「普通木毛セメント坂の嵩比重は、約0.59程度」であり、「半硬質木毛セメント板の嵩比重は、約0.90程度であるから、「それより硬くて嵩比重の大きい『硬質』は1.0を超えていたことは、極めて容易に想到できる。」(「審判事件弁駁書(第3回)」第2頁下から第6行~第4頁下から第2行)と主張している。
しかし、普通木毛セメント板及び半硬質木毛セメント板の嵩比重がたとえ請求人試算の通りであったとしても、甲第5号証の「JIS A 5404」には、木毛セメント板の種類として、「硬質木毛セメント板」についての記載は無いし、甲第5号証の記載の中に硬質木毛セメント板の概念自体も含まれていない。当然のことながら、硬質木毛セメント板の嵩比重についての記載もない。甲第5号証に記載の普通木毛セメント板、半硬質木毛セメント板から試算した嵩比重をそのまま甲第12号証の普通木毛セメント板、半硬質木毛セメント板に対応させ、しかも、当該両嵩比重の数値から硬質木毛セメント板の嵩比重を感覚的に推定し、「それより硬くて嵩比重の大きい『硬質』は1.0を超えていたことは、極めて容易に想到できる。」とする主張は、論理の飛躍があって、到底受け入れられない。
また、引用例第137頁「図5.19 加熱試験結果」の図中に、かさ比重が1.0を超える位置に実験結果を示す数値の印が、同じく第142頁「図5.27 防火用木毛セメント板の曲げ強さ(昭和37年)」の図中に、かさ比重1.0と1.1の間に印が、それぞれ、付されているのが認められるが、それらのものがどのようにして製造されたものかについて開示がなく、これらの印が記載されていることをもって、直ちに、これらのものが、本件特許の請求項1に係る発明で得られる高圧木毛セメント板が有する断熱性、強度等の物性を有しているとは読みとれないし、嵩密度を高めることによって、従来の硬質木片セメント板に劣らない強度と、従来の木毛セメント板と余り変わらない断熱性能の有するものが得られことを示唆しているともいえない。
次に、請求人が「木毛セメント板の嵩比重を1.0~1.2にする点、及び木毛セメント板の嵩比重を大きくするために圧縮力を大きくする点がさらに明確に記載された新たな証拠を、甲第16~20号証として補充する。」[審判請求理由補充書(平成9年5月23日)「6.理由(1)」]として提出した甲第16~20号証の記載内容を見つつ請求人の主張について検討する。
甲第16、17号証には、前記「Ⅲ.(3)」において摘記したように、石綿スレートに代わり得べきものを得るためには、従来の木毛セメント板ではなくて、更に強圧を加えた特殊製品が必要であるとの問題意識や木毛セメント板等の板状セメント製品は加圧して成型するが、従来から加圧力が大きい程強度やその他の性状が向上すると考えられていたことが記載されているに止まり、「嵩比重を1.0~1.2に設定した高圧木毛セメント板」については全く示唆するところがない。
甲第18号証には、前記「Ⅲ.(4)」において摘記したように、「試作硬質木毛セメント板の概要」について記載され、「3.1表 試作硬質木毛セメント板(素板)の曲げ試験」には、その試験結果として、セメント:木毛の調合比、成型圧、番号、試験体寸法、単位容積重量等が記載されているが、この表でセメント:木毛の調合比が「75:25」のものと「65:35」は本件発明が前提技術とするJIS A 5404の規定に沿うものであるから、これらの調合比のものについてみるに、セメント:木毛の調合比が「75:25」のもので成型圧が5.6kg/cm2の試料は、「単位容積重量」がいずれも1.0~1.2g/cm3の範囲の値を示し、成型圧が3.3kg/cm2の試料のいくつかのものは、「単位容積重量」が1.0~1.2g/cm3の範囲の値を示している。そして、この「単位容積重量」は本件発明にいう「嵩比重」に相当すると認められるから、嵩比重が1.0~1.2の範囲に入る木毛セメント板が本件特許の出願前に公知であったということになる。
そこで、この実験結果の記載、言い換えると、甲第18号証に記載された発明と甲第12号証に記載された発明を組み合わせて本件発明を構成する動機付けが有るか否かにつき検討する。
甲第18号証に記載のものは、表面加工した硬質木毛セメント板の試作・試験に先立ち、素板の試作並びに曲げ強度の試験をし、素板のセメント、木毛調合比と曲げ強さとの関係について言及したもので、前記「Ⅲ.(4)」において摘記したように、「(2)素板のセメント、木毛調合比と曲げ強さの関係(同第4.2図参照) 調合比55:45(この成形圧は3.3~5.5kg/cm2程度の場合)の時が強度的に最も有効である。表面加工も同様な事がいえる。」(甲第18号証第4頁下から第6行~同頁下から第4行)や「(3)セメント、木毛調合比と単位容積重量との関係(同第4.3図参照) 前項同様調合比55:45程度で、曲げ破壊係数の増す割合に比重の上昇は少ない。」(同頁下から第3行~同頁下から第2行)の記載に照らしてみても、セメントと木毛調合比が55:45程度のものが有効である旨の記載はあるものの、本件特許発明の構成の「嵩比重を1.0~1.2に設定した」ものが、強度と断熱性の双方の性質を兼ね備えるものであることを何ら示唆するものではない。そうすると、甲第18号証にたまたま嵩比重が1.0~1.2の範囲内に入る試作硬質木毛セメント板(素板)についての記載があったとしても、甲第12号証に記載の発明に適用させようとする動機付けは全く見当たらない。
甲第19号証は、甲第18号証の続報とも言うべきもので、前記「Ⅲ.(4)」において摘記したように、「(1)此の試作程度0.6~1.1g/cm3のものでは、曲げ破壊係数は平均20~90kg/cm2となり、重量で約0.75g/cm3の処で急激に変化する。・・・(中略)・・・実用品としては重量0.8~1.0g/cm3のものが強度的に安全である。」(甲第19号証第31頁第13行~第33頁第2行)とあり、試作品の中には嵩比重が0.6~1.1のものが存在し、その中で0.8~1.0のものが実用品として強度的に安全であることは記載されているが、「嵩比重を1.0~1.2に設定した」ものが、強度と断熱性の双方の性質を兼ぬ備えるものであることを示唆するものではない。また、同号証には、「(2)素板のセメント・木毛の調合比は規格に依る 普通木毛セメント板のそれの如き調合比が重量/曲げ強さの上に効である。換言すれば普通木毛セメント板製作の過程に圧力だけを3.3~5.5kg/cm2程度に増すだけでよい(4.2図)」(第33頁第5~7行)と記載されているが、これは普通セメント板の調合比が重量/曲げ強さの上で適当であり、成形圧力を3.3~5.5kg/cm2程度にすればよい、としているだけであって、成形圧力を3.3~5.5kg/cm2程度にすると、「嵩比重1.0~1.2」のものが得られるとか、その嵩比重のものが本件発明の効果にあるような「強度的に従来の硬質木片セメント板に劣らない上に熱抵抗値の高い」性質を有するものであるとかを意味するものとは到底解することができない。
そして、甲第19号証に記載された発明を甲第12号証に記載された発明に適用させようとする動機付けが見当たらないことは、上記甲第18号証の場合と同様である。
なお、審判請人は審判請求理由補充書(平成9年5月23日付け)の「6.理由」において「論理を逆にして考察すると次のようになる。・・・(中略)・・・甲第18、19号証に記載されるように、・・・(中略)・・・嵩比重1.0~1.2にした木毛セメント板が、実に本件発明の出願より37年も以前に実現され、それが刊行物によって公表されている。であるから、甲第1号証第4頁や甲第12号証第124頁等に記載され且つ当業者が現実に使用していた周知且つ慣用の寸法である前記の巾3.5mm~5mm、厚さ0.3mm~0.5mmの範囲のものを使用する程度のことは、当業者ならきわめて容易になし得た事項である。」[審判請求理由補充書(平成9年5月23日)第7頁第17~28行]として、甲第18、19号証に記載された発明に甲第1又は12号証に記載された発明を適用させることの容易性を主張するが、甲第18、19号証に嵩比重が1.0~1.2の範囲内の試作試料が記載されていても、そこには当該嵩比重のものが断熱性と強度の双方を兼ね備えた性質を有する旨の記載はないし原料となる木毛の巾、厚さに係る記載もないから、甲第18、19号証に記載の発明に甲第1又は12号証に記載の発明を適用させようとする動機付けがない。
そして、本件特許発明は、上記「木毛セメント板の嵩比重を1.0~1.2に設定した」という構成をとることによって、断熱性能が良く、強度があり、さらに施工時の釘打ちが可能な高圧木毛セメント板が提供できるという、本件特許明細書に記載の効果を奏するものと認められる。
したがって、本件特許の請求項1に係る発明は甲第1、2、5、12、及び16~19号証に記載された発明に基づき当業者が容易に発明をすることができたものというこはできない。
また、他の甲3、4、6~11、13~15及び20号証の内容を検討しても、本件特許の請求項1に係る発明がそれら甲各号証の記載に基づいて当業者が容易に発明し得たものとすることもできない。
<2>本件特許の請求項2に係る発明について
本件特許の請求項2に係る発明と引用例に記載された発明とを対比すると、後者の「セメントペースト」は前者の「セメントミルク」に相当するから、本件特許発明の用語を用いれば、両者は、「巾3.5mm~4mm、厚さ0.3mm~0.5mmの不定形な帯状木片とセメントミルクとを混合し、これを型詰めし、厚さ方向に圧力を均一に加え所定の厚さに圧縮した後、これを養生した木毛セメント板の製造方法」の点で一致するが、後者には、前者の構成要件の一部である「嵩比重を1.0~1.2にした高圧木毛セメント板」を得ることについて記載されていない点で相違する。
そこで、この相違点について検討するに、前記<1>の本件特許の請求項1に係る発明の相違点の判断において記載したと同様、引用例には、硬質木片セメント板の強度と木毛セメント板の断熱性の双方の物性を兼ね備えた木毛セメント板を提供するために従来の木毛セメント板製造の場合の2分の1程度の厚さに圧縮すること及びこの圧縮によって嵩比重を1.0~1.2という高い嵩比重にするという技術思想は何ら記載されておらず、また示唆するものもない。
そして、本件特許の請求項2に係る発明は、上記木毛セメント板の「嵩比重を1.0~1.2した」という構成をとることによって、断熱性能が良く、強度があり、さらに施工時の釘打ちが可能な高圧木毛セメント板が提供できるという、本件特許明細書に記載の効果を奏するものと認められる。
したがって、本件特許の請求項2に係る発明は甲第1、2、5、12、16~19号証に記載された発明に基づき当業者が容易に発明をすることができたものということはできない。
また、他の甲各号証の内容を検討しても、本件特許の請求項2に係る発明がそれら甲各号証の記載に基づいて当業者が容易に発明し得たものとすることもできない。
以上のとおり、本件特許の請求項1及び2に係る発明は、甲第1号証乃至甲第20号証の記載に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではないから、請求人の主張は理由がない。
Ⅴ. まとめ
したがって、本件請求人の主張する理由及び証拠方法によっては、本件特許を無効とすることはできない。
よって、結論のとおり審決する。